
「心の底から出勤したくない」
「学校が楽しいと思えない」
「通勤前、息苦しくなるほどつらい」
体も心もしんどくても、家族のため、学校の子どもたちのために頑張り続けているあなたへ。
尊敬します。本当にお疲れ様です。
ただこんな風に思うのは、明らかに心からの
「一度立ち止まって休もうよ」
というあなたへのメッセージです。
このメッセージを
まだ頑張れるから
休むほどではないから
迷惑をかけたくないから
こんな気持ちで無視しては絶対にいけません。
3度の病休から復帰した経験がある僕は、4月の終わりごろから”分かってしまって”いました。
1学期を乗り越えられない。
今回は、僕が「4度目の」病気休暇を取ることを決意した日のことを書きたいと思います。
かなりリアルな話になるので、感情が引っ張られそうな方は読まない方がいいかもしれません。
もし読んでくれた人の中で自分と同じような気持ちになりかけている人がいたら。
早く学校から距離を取ってください。
自分自身を許して、いたわってあげてください。
僕も今は、自分を許そうとしているところです。
気持ちを奮い立たせた朝。

どうしても仕事に行けなくて、火、水と有休を使って休みました。
火曜日は玄関まで何とか行ったのですが、
「大丈夫なの?」
という奥さんの言葉で涙が止まらなくなり、結局出勤できませんでした。

この時点で病院にすぐ行くべきでした。
もうほとんど、学校に行けるような精神状態ではありませんでした。
そして木曜日。
深呼吸して、胸を何度も叩いて玄関に向かいました。
気持ちを奮い立たせるために。
娘へのお願い
玄関でお見送りをしてくれていた娘に

○○ちゃん、パパに
「頑張って来いよ!」
って言って!
とお願いしました。
その通り言ってくれる可愛い娘。
そのときハッとして、こう言いました。

やっぱり
「頑張らなくていいよ!」
って言って。
情けない話ですが、娘から無理やり応援をしてもらわないと、仕事にも行けない状態でした。
娘は笑顔で僕の背中をたたきながら
「頑張らなくていいよ!」
と言ってくれました。
本当に助けられた。ありがとう。
行きの車は
割と冷静でした。
今日はいけるかもしれない。
とにかく、2日間休んでしまったことを謝らないと。
感謝の気持ちを伝えないと。
そんな気持ちで学校に着きました。
頭が回らない
着いたとたんに心がザワザワ。
・体育の行事のことも昨日あんなに考えたのに。
・授業のこともあんなに考えたのに。
職員室に着いた頃には頭から何もかも消えてしまっていました。
辛い。
一日いられる気がしない。
この気持ち、感覚だけが自分を支配していました。
たくさんの人が声をかけてくれました。
「大丈夫?無理しないでね。」
「…昨日はすいませんでした。…ありがとうございました。」
たくさんの先生とそうやって話をすることができました。
クラスにも行って、子どもとも話しました。
でもやっぱり、心がキューっと締め付けられるような感覚は変わりません。
俺にはできない
隣のクラスから

「おはようございまーす!」
元気に挨拶する先生の声。

「ちょっと!廊下は走りません!歩きましょう!」
しっかり指導する先生の声。
普段なら何とも思わないいつもの光景。
でもこの時の僕には全く違って見えました。
「今のお前にこれはできないだろ」
「これが先生だよ」
こう言われているみたいに感じてしまう。
さらに気持ちが重くなりました。
自分で自分をどんどん追い込んでしまっている感覚。
だめだ。このままじゃだめだ。何とかしないと。
先生をしないと。
思えば思うほど気持ちは沈んでいきました。
今日も無理かもしれない
また俺は途中で投げ出すのか
これがもう答えだった。でも。
その現実を振り払うように、黙って職員室へ向かい、プリントを印刷しました。
やっぱりだめだった

心の中でずーっともう一人の自分が喋っているような感じでした。
- 「笑顔でいないと」
- 「そのうち子どもに見破られる」
- 「子どもたちに気を遣わせるわけにはいかない」
- 「先生たちに遣わせてしまっている」
- 「昨日あんなに家で対策を考えたじゃないか!」
- 「やらなきゃいけないことは見えてるのに」
自分の中の「もう無理だ」という気持ちと「しっかりしろ!」という気持ちがせめぎあっている状態でした。
廊下で養護教諭の先生と先輩教員と会ったとき。

先生大丈夫?
しんどいよね。
無理しなくていいよ。
気づいたらボロボロと涙がこぼれていました。
「いい大人が人前でみっともない」
「こんなに泣いたら相手は許すしかないじゃないか」
「許してもらうために泣いてるんだ自分」
「嫌いだなぁ自分」
ネガティブな感情が止まらず、自己嫌悪に拍車がかかり続ける状態。
やっぱり、だめでした。
保健室で
誰もいない部屋で休ませくれました。
養護教諭の先生はコーヒーとお菓子を持ってきてくれて、話を聞いてくれました。
保健室にいる間も元気な子どもたちの声や先生の声が聞こえるだけで胸が痛かった。
耳をふさいで耐えているような状態でした。
誰にも何も言われていないのに、なんでこんなに責められているように感じるのか。
限界が来ていました。
校長室で
校長先生が忙しい中、話を聞いてくれました。

家を一歩出るのもあ、学校の門をくぐるのもしんどかっただろう。
無理しなくていい。
優しい言葉に涙がボロボロ出てしまいました。
いい大人が。父親が。
人前で何度も涙を流して、許してもらって。
負担を人になすりつけて。
ここから去ろうとしている。
自分を責める気持ちが止まりませんでした。
この日は学校を早退させてもらいました。
帰りの車で
涙が止まりませんでした。
「いったい何がしたいんだ自分は!」
そう叫びながら帰りました。
原因は何だったのか
今は少し冷静になって、この記事を書くことができています。
原因は何だったのか。
- 昨年度より明らかに増えた業務量。
- 体育的行事を主として進めたり、放課後練習に参加したり。
- 特別支援学級児童の対応の仕方に苦戦。
- 個別の授業も、交流学級でのT2の授業もストレスしか感じない。
完全に自分のキャパを超えていました。
周りの先生方は本当に優しくて、いろいろな対応策を一緒に考えてくれました。
その分、本当に申し訳なく思っています。
前の休暇前と違ったのは、自分の危ないラインが見えていたこと。
「このまま行ったらまずいな」
どうしてもしんどい時は午後から休みをもらって帰ったり、ノートに自分の感情を書き出したり、仕事の改善点を書き出したり、、、。
手は打ってみたけどだめでした。
事実と感情を区別する
業務量が多い。
子どもの対応に苦戦している。
これは事実。
周りの人に迷惑がられているだろう。
結局自分はだめなんだ。
これは自分の感情から来ているもので、「事実」とは限りません。
事実と感情をしっかり区別しないと潰れていってしまうように思います。
終わりに

僕は病気休暇を取得するという決断は間違っていなかったと思いたい。
でも油断すると
「もう少しできたのではないか」
「結局嫌なことから逃げているだけではないのか」
「学校の先生に申し訳ない」
こんな自分を責める気持ちに支配されそうになります。
もしこんな気持ちになっている人がいたら、そして今の自分にも伝えたい。
「あなたのせいじゃない」
「学校という構造が破綻している責任を個人が負う必要は絶対にない」
どんな正論も、エネルギーが無い状態では、まず受け止めることが難しいんです。
だからそんな自分をどうか責めないでください。
教員という職業は大変である分、制度で手厚く守られています。
「病気休職」あるいは「病気休暇」という制度をフルに活用して、自分の心をフラットに戻すことだけに集中しましょう。
そして
僕は「教員以外の選択肢」を持っておくことも大切だと今回改めて強く感じました。
教員を辞めるためではありません。
「いつでも辞められる」というカードを切れる状態にしておくこと。
これはどの仕事においても自分のメンタルを守ることに繋がると思います。
僕はとにかく、同じような境遇の方に、少しでも勇気や安心感を与えられるようになりたい。

「病休を4回も取ったメンタルが強くない」人間が
コツコツ積み上げて、弱くても変われるところを見せたい。
うまくまとまりませんが、今はこんな気持ちでいます。
中には、
「こんな記事を書ける元気があるなら仕事できるんじゃない」
と思う方もいるかもしれません。
でも僕はそう思われることを気にするよりも
自分のありのままの弱さを認めて、経験を発信し、少しでも誰かの心に寄り添いたい。
弱いながらに生きていく、その人生の記録を残したい。
そう思って記事を書いています。
頑張りすぎて、心が擦り切れそうになっているあなたへ。
今は休みましょう。
好きな時まで寝て、自然に触れて、おいしいものをたくさん食べて、また寝て。
僕も一緒に休みます。
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