「また、休んでしまった。」
そう思ったのは、4度目のことでした。
はじめて適応障害と診断されたのは、教員になって数年が経った頃。
それから3度の病気休暇を経て、
「もう大丈夫だ!」
と思って復職するたびに、また同じ場所に戻ってきてしまいました。
正直に言います。
今も、治っていません。4度目の休職中に、この記事を書いています。
それでも、この経験を書き続けているのには理由があります。
「弱いままでも、前を向ける」
そう信じているからです。
この記事では、僕がこれまでに書いてきた適応障害に関する記事を一つにまとめています。
休職したばかりの方、復職を迷っている方、誰かに話せずに一人で抱えている方に、少しでも届いたら嬉しいです。
第1章:なぜ適応障害になったのか
「自分に甘いだけだ。もっと頑張らないと。」
当時の僕は、本気でそう思っていました。
複数の主任、複式学級の担任、そして2年半に及ぶ子どもの夜泣き対応。
職場でも家庭でも「逃げ場がない」毎日が続いていました。
それでも休めなかったのは、「教員だから」「親だから」という責任感が、自分の心からのSOSをかき消していたからです。
ある日、妻に言われました。
「一度病院に行ってみた方がいいんじゃないかな。」
そこで初めて気づきました。
すでに、限界は来ていたんです。
診断結果は「適応障害」。
ショックもありました。でもそれ以上に、
「ああ、やっぱり限界まで来ていたんだ」
と、少し救われた気持ちになったことを覚えています。
そして気づいたんです。
「自分を守れるのは、自分しかいない」と。
▶ この時の詳しい経緯はこちら
教員が適応障害になる理由とは?「休むのは逃げ」と責めていた僕が病気休暇を決めた話
第2章:休職中、どう過ごしたか
「ゆっくりしてください」
最初にそう言われた時、正直困りました。
ゆっくりって、何をすればいいんだろう、と。
適応障害の回復には、大きく3つの時期があります。
・急性期:とにかく何もしない
・回復期:少しずつ体と心を動かす
・調整期:生活リズムを整え、今後を考える
最初の時期は、布団の中にいるだけで十分です。
何もできない自分を責めなくていい時期です。
少しずつ動けるようになってきてから、僕がやってよかったことは5つあります。
読書・散歩・サウナ・紙に思考を書き出す・家族と過ごす。
特に「紙に思考を書き出す」は、頭の中のモヤモヤを整理するのに驚くほど効果がありました。
▶ 詳しい過ごし方はこちら
適応障害で病気休暇を取って気づいたこと|回復期の過ごし方と、立ち止まることで見えたもの
立ち止まったことで、見えてきたものがありました。
「同じ経験をしている人に、届けたい」
「弱いままでも、挑戦できることがある」
その気持ちが、今のもくぶれブログやnoteを始めるきっかけになっています。
第3章:罪悪感・プライドとの戦い
休職中、僕を一番苦しめたのは「症状」そのものではありませんでした。
「学校に迷惑をかけている」という罪悪感。
「自分だけ置いていかれる」という焦り。
これが、心の回復を一番妨げていました。
ある時、気づいたんです。
その苦しさの正体は、自分自身の「プライド」だったんだと。
助けてもらうことへの屈辱感。
それは、自分が無意識に「できる人の方が上だ」と思っていた証でした。
でも、この経験があるからこそ同じように苦しんでいる人に100%の誠意で寄り添える。
そう気づいた時、屈辱が少しずつ「強み」に変わり始めました。
そしてもう一つ、大切なことも学びました。
「気づけたから、もう大丈夫」
ではないということです。
良くなったと思っても、また揺れ戻す。
それが回復の自然な過程なんです。
▶ 罪悪感の手放し方はこちら
適応障害の休職、罪悪感をどう手放す?「学校を忘れる」ことが最優先だった教員パパの実体験
▶ プライドとの向き合い方はこちら
適応障害の乗り越え方|苦しさの正体は「プライド」?屈辱を再スタートに変える3つの考え方
第4章:復職のタイミング、どう見極めるか
「もう1ヶ月も休んだんだから、そろそろいけるはず。」
かつての僕も、そう思っていました。
そして3回、同じ失敗を繰り返しました。
復職における最大の敵は「焦り」です。
教員という仕事柄、
「クラスの子たちに迷惑をかけている」
「職場の先生方に申し訳ない」
という責任感が、自分の回復より学校の事情を優先させてしまうんです。
3回の失敗を経て、ようやく気づきました。
「もう大丈夫」と思ってから、もう一呼吸おくこと。
期間や年度の区切りではなく、自分の心の変化で判断すること。
これが「本当の復職タイミング」でした。
▶ 3回の失敗から学んだ復職の見極め方はこちら
適応障害の復職で再発しないために|3回失敗した小学校教員が気付いた「正しいタイミング」の見極め方
第5章:今も続けていること
4度目の休職中の今も、続けていることがあります。
散歩、読書、筋トレ、サウナ。紙に思考を書き出すこと。日々の気づきを記録すること。気持ちの浮き沈みを、ただ受け入れること。
「治った」からではありません。
まだ、渦中にいます。
それでも続けるのには、理由があります。
自分がこれから壁を乗り越えていく様を、ちゃんと残しておきたいから。
同じような境遇の人の勇気に、少しでもなりたいから。
弱いままでも、続ければ何かが起こる。そう信じているからです。
これからも困難は訪れるかもしれません。
でも、それも含めて「僕が主人公の物語」だと思っています。
こんな僕でも。弱い僕でも。
「続けることはできる」
「誰かを救うことができる」
これを、証明します。
もし、1人で抱えているなら
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
この記事を読んで、「自分も同じかもしれない」と感じた方へ。
一人で抱え込まないでください。
適応障害の苦しさは、経験した人にしか分かりません。
「誰かに話したい」
「でも、誰に話せばいいか分からない」
そんな気持ち、よく分かります。
僕もそうでした。
現在、同じ悩みを持つ方と個別にお話しできる場を準備しています。
解決策を押し付けるのではなく、ただ一緒に考える時間にしたいと思っています。
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「弱いままで、続けている人がいる」
そのことが、あなたの小さな勇気になれたら嬉しいです。


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