
小学校教員であり、2児の父親でもあるもくパパです。
前回の記事では、名著『嫌われる勇気』から学んだ「課題の分離」について、教員・親の視点でお話ししました。
(※まだ読んでいない方は、ぜひこちらの記事からご覧ください)
▶【教員・子育てが激変】『嫌われる勇気』で知った「子どもが変わらない」ストレスから解放される方法【書評】
前作を読んで、
「よし!明日から『目の前の子どもの課題』に介入せず、自分ができることに集中するぞ!」
と、実践された方もいるのではないでしょうか。
でも、
「いざ現場や子育てで実践してみたら、全然上手くいかなくて、結局イライラして叱ってしまう。」
こんな方はいらっしゃいませんか?

はい!
僕です!(笑)
納得しているし、実践も少しずつしている。
でも何か違う気がする。
「結局、綺麗事の理想論なんじゃないか?」
と、自分の指導力不足に落ち込んだり、本の内容に疑いを持ったりしたこともあります。
そんな「アドラー心理学を実践したけど挫折しかけている」あなたにこそ、今すぐ読んでほしい本があります。それが、今回ご紹介する完結編『幸せになる勇気』です。
「あなたに教わった通りにやったのに、全然ダメだった!」
驚くことに、今作のストーリーは、前作でアドラー心理学に感動したはずの青年が、「教師」になって哲人のもとへ怒鳴り込んでくるシーンから始まります。
「アドラー心理学の実践なんて不可能だ!」
「あれは宗教だ!」
と大暴れする青年の姿は、まさに現場のリアルな壁にぶつかって苦悩する私たち教師・親の姿そのものです。
青年に足りなかったものは何なのか?
どうすれば「理想論」を「現実の教育・子育て」に落とし込めるのか?
今回は、教員であり父親でもある僕の目線から、本書を読んで
「これでもかというくらい心が揺さぶられた教訓」
「明日からの学級経営・子育てが180度変わる具体的なアプローチ」
を本音で解説します。
すべては、誰かに求めるのではなく、自分から始める「信じる勇気」から始まります。
「もう子どもとの関わり方で擦り減りたくない」
と感じている方は、ぜひ最後まで読んでみてください!
【問題行動の5段階】なぜあの子は反抗するのか?その「目的」を解き明かす

学校現場や家庭で子どもたちと過ごしていると、
「なんでこの子は、こんなに反抗的なんだろう……」
「どうしてわざと困らせるようなことばかりするの?」
と、頭を抱えてしまう瞬間が必ずありますよね。
本書の中で、教師として最も大きな学びがあった部分。
それが、子どもが起こす「問題行動の5段階」という考え方です。
アドラー心理学では、子どもの問題行動にはすべて「目的」があり、それは以下の5つの段階を経てエスカレートしていくとされています。
- ①称賛の欲求:「褒めてほしい」から良い行動をする。一見良く見えますが、目的が「褒められること」なので、誰も見ていないとやらなくなります。
- ②注目喚起:褒めてもらえないと、「なんでもいいから目立ちたい!」と、いたずらや悪目立ちで大人の気を引こうとします。
- ③権力争い:教師や親に反抗し、不従順な態度をとることで、自分の力を証明しようとします。
- ④復讐:権力争いでも認められなかった場合、「自分を認めない相手に嫌がらせをしてやろう」という復讐の段階に入ります。
- ⑤無能の証明:何をやっても無駄だと絶望し、あらゆる課題を拒否して無気力になります。
本書では、
第4段階(復讐)以降になると教師個人での対応は難しくなるため、いかに「第3段階(権力争い)」までで食い止めるかが、私たち教師の極めて重要な役割である
と述べられています。
反抗(権力争い)する子と同じ土俵に乗ってはいけない
現場にいると、特に「③権力争い(反抗)」の段階にいる子どもと対峙することがよくあります。
かつての僕は、

ここでしっかり指導をしないとクラスの規律が乱れる。
わがままを許すわけにはいかない。
と思い、強い口調で注意したり、叱責したりしていました。
しかし、本書を読んで、それが完全に逆効果だったと気づかされたのです。
なぜなら、子どもが反抗してきているときに、こちらが嫌な顔をしたり、大声で叱ったりすることは、子どもにとって
「大人の注目を浴びられた(=目的を達成できた)」
というサインになってしまうからです。
哲人は、この段階の対処法として
「相手と同じ土俵に乗らないこと」
が鉄則であると語っています。

これがもうめちゃくちゃ大事ですね。。。
なかなか難しいですが。
正直に言って、目の前で反抗的な態度をとる子どもに対して、感情を揺さぶられずに一歩引くというのは、相当な「勇気」がいります。
今でも、私もすべて完璧にできているわけではありません。
しかし、この「5段階の目的」というモノサシを頭の中に持っておくことで、
「あ、この子は今、第2段階(注目喚起)で寂しいアピールをしているんだな」
「今ここで怒鳴ったら、第3段階(権力争い)の土俵に乗ってしまうな」
と、一歩引いて冷静に子どもを観察できるようになりました。
大切なのは、問題行動で周りの気を引こうとする子どもたちに、
「特別(問題行動を起こす子ども)になんてならなくても、ありのままのあなたでここにいていいんだよ」
というメッセージを根気強く伝え続けること。
すべてを明日から完璧に変えることは難しいかもしれません。
でも、「子どもの行動の『目的』を理解しようとする態度」なら、明日から始めることができます。
【教育の入り口は尊敬】子どもを「ありのまま認める」ために私が実践していること

「アドラー心理学を現場で実践する」と考えたとき、
「どう声をかけるか」
「どうやって問題行動を解決するか」
というテクニック(手法)ばかりに目を奪われがちです。
しかし、本書の中で哲人は、教育における最も重要な土台として、次のような強烈な言葉を突きつけてきます。
「教育の入り口は尊敬である」
「尊敬」と聞くと、みなさんはどんなイメージを持ちますか?
「あの先生は指導力が優れていて尊敬する」
「スポーツで素晴らしい実績を残した人を尊敬する」
というように、
「自分より優れた部分に憧れる」
という意味で使うことが多いですよね。
しかし、本書で引用されている社会心理学者エーリッヒ・フロムの定義は、私たちの常識を180度覆します。
「尊敬とは、人間の姿をありのままに見て、その人が唯一無二の存在であることを知る能力のことである。」
つまり、アドラー心理学における尊敬とは、「できること・できないこと」で人を評価するのではなく、目の前にいる子どもの「ありのままの姿」をただ認めることから始まるのです。
今日からできる具体策:子どもの話を「一人の人間」として真剣に聞く
とはいえ、
「ありのままを認める」と言われても、「具体的に明日から教室や家庭でどうすればいいの?」
と思ってしまいますよね。
そこで、現役教員であり父親でもある私が、日々最も大切にしている具体的なアクションがあります。
「子どもの話を真剣に聞く」ということです。

いやいや、いつも話はしっかり聞いてるよ!
って思いますよね。
でも、意外とできていないこと多いんですよ。
想像してみてください。
もしあなたが誰かに話しかけたとき、相手がスマホをいじりながら、あるいは
「はいはい、わかったから」
と生返事をされたらどう感じるでしょうか?
「自分のことを軽く見られているな」
と悲しくなりますよね。
それは、子どもであっても全く同じです。
「子どもが言っていることだから」
「まだ小学生だから大した内容じゃない」
という大人の傲慢な態度は、言葉にしなくても必ず子どもに見抜かれます。
だからこそ私は、子どもが話しかけてきたときは、一人の人間として、対等な立場で、耳も心も傾けて話を聞くようにしています。
- この子は今、どんな思いでこの言葉を口にしているんだろう?
- 本当はどうしたいんだろう? どうなりたいんだろう?
そうやって相手の関心事に関心を寄せ、真剣に向き合うこと。
これこそが、アドラーの言う「尊敬(ありのままを認めること)」の第一歩だと確信しています。
これは教員としてはもちろん、家で2人の子どもと向き合う「父親」としても、絶対に忘れたくない大切なことです。
【教師・親としての最終目標】子どもが「自立」するために大人ができること

僕たちが子どもたちと関わる上で、目指すべき最終ゴールとは一体何でしょうか。
本書の中で、哲人は極めて明確に答えています。
教育の最終目標は「自立」である。
アドラー心理学において、「わたし」の価値を他者に決めてもらう状態を「依存」と呼び、「わたし」の価値を自らが決定することを「自立」と呼びます。
集団の中で
「他の誰かよりも特別であること」
を目指すのではなく、
「これが私なのだ」
と、ありのままの自分を自分で認められるようにすること。
そのために、僕たち教育者や親ができるアプローチは大きく2つあります。
お膳立ての教育は、子どもから「失敗から学ぶ機会」を奪う
1つ目は、子どもに「自分で選んでいる」という感覚を持たせることです。
これは前作『嫌われる勇気』でも語られていた「課題の分離」に深く繋がっています。
大人が用意した完璧なお膳立ての上を走らせるだけの教育では、子どもは「失敗から学ぶ」という大切な経験をすることができません。
自分で選んで行動したからこそ、失敗したときに
「次はどうしようか」
と考えることができます。
逆に、大人の言う通りに動かされているだけだと、失敗したときに子どもの口からこんな言葉が飛び出します。
「だって、先生がそう言ったから。」
「お母さんが言った通りにしたのに、こうなった。」
学校でも家庭でも、よく耳にする言葉ですよね。
私はこんなとき、あえて子どもにこう問いかけます。
「でも、それを自分で選んで行動したのは、あなたですよね?」
一見すると冷たい突き放しのように聞こえるかもしれません。
しかし、これは決して冷徹な言葉ではありません。
「決めたのは、行動したのは自分自身なんだ。だから、あなたには自分の人生を選ぶ力があるんだよ」
という、子どもを信頼しているからこそのメッセージなのです。

選択肢を与えてあげることも有効です。
「AとBという方法があるけど、どちらにする?」
こんな感じ。
とにかく「子どもが”自分で”選んで行動し、その結果の責任を”自分が”とる」ことを学んでいく必要があります。
大人が自分の思い通りに子どもをコントロールしようとしてはいけません。
ある程度の情報や選択肢を示した上で、最後は子ども自身が決めるための「余白」を残しておく必要があります。
子どもの決断を「適切な距離」で見守り、援助する
2つ目は、子どもの決断を尊重し、援助することです。
自立を促すということは、決して「ほったらかし(放任)」にすることではありません。
周りの大人が次のようなスタンスで構えていることが大切です。
- 「まずは自分の力でやってごらん。」
- 「本当に困ったとき、助けてほしいときは、いつでも準備ができているから言ってね。」
近すぎず、遠すぎない「いつでも援助ができる距離」で、じっと見守る。
大人が自分を信じてくれているという安心感があるからこそ、子どもは責任感を持って、安心して目の前の物事にチャレンジできるのです。
【幸福に生きるために】「わたし」から「わたしたち」へ主語を変える

最後に、本書のタイトルでもある「幸福に生きる」ための本質について触れます。
哲人は、幸せになるための最大のヒントとして、次のような言葉を残しています。
「人生の主語を『わたし』から『わたしたち』に変える」
「わたしが幸せか」
「わたしが損をしていないか」
と、自分中心(自己中心性)に物事を考えてしまいがちです。
しかし、アドラー心理学では、自分を含めた周りの環境や共同体を大切にし、「わたしたちの幸せ」を目指すことこそが幸福の条件であると説きます。
「今日1日、いい日だったな」と感じる瞬間を、少し思い返してみてください。
きっとそこには、自分1人ではなく、大切な「誰か」が存在しているはずです。
- クラスの子どもたちと、心が通い合う良い関わりができたとき
- 職場の同僚の先生と深い話ができて、一緒に実践できたとき
- 家に帰って、妻が「助かったよ」と笑顔を向けてくれたとき
- 息子が「今日は最高の日だね!」と無邪気に笑ってくれたとき
これらはすべて、自分だけの幸せではなく、「わたしたちの幸せ」を実感できた瞬間ではないでしょうか。
自分のことだけを考えるのをやめ、誰かのためになれたという感覚(他者貢献)を持てたとき、人は自然と幸福を感じられるのです。
すべては自分から「相手を信じる勇気」から始まる

「幸せになるために、なぜ『勇気』がいるのか?」
そんな疑問を胸に読み始めた『幸せになる勇気』でしたが、読み終わった今、その答えが痛いほど分かりました。
幸福とは、誰かが連れてきてくれるものではありません。
「裏切られるかもしれないけれど、まずは自分から相手を尊敬し、信じる」
という“勇気ある行動”の先にあるものだということ。
人として、教師として、そして父親として。
「僕は目の前の子どもたちの可能性を、心の底から信じてあげられているだろうか?」
「『自分の人生は自分で決められるんだよ』というメッセージを語れているだろうか?」
日々の忙しい仕事や子育ての中で、立ち止まって自分の生き方を問い直す最高のきっかけをくれる一冊でした。
本書には、ここで紹介しきれなかった深い気づきがまだまだたくさん詰まっています。
読む人の人生のタイミングによって、刺さる言葉がガラリと変わるのも、この本の素晴らしいところです。
何度も読み返したい、人生のバイブル。
ぜひあなたも、自分自身の人生と重ね合わせながら、ページをめくってみてください。
後悔はさせません。
ちなみに、この「勇気の二部作」の第1作目である『嫌われる勇気』についても、別の記事で詳しく解説しています。
今回の土台となる「課題の分離」や「いま、ここを生きる」という考え方をより深く知りたい方は、あわせてチェックしてみてくださいね!
▶【教員・子育てが激変】『嫌われる勇気』で知った「子どもが変わらない」ストレスから解放される方法【書評】
明日も、目の前の子どもたち、そして大切な家族を信じる勇気を持って過ごしていきましょう。
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