父親であることと、教員であること。
二つの役割を背負いながら、毎日を過ごしていました。
今振り返ると、あの頃の自分はかなり追い込まれていたと思います。
父親として。
3歳の長男と1歳の長女の子育て中でした。
夜泣きの対応のこともあり、睡眠不足が続く日々。
夜泣きや家庭での出来事については、別の記事で詳しく書いています。
子どもを大きな声で叱ってしまうことがありました。
子どもは大泣き。家族の雰囲気も暗くなる。
そういったことがあると僕の頭の中にこの言葉が浮かんできました。
「教員なのに」
教員なのに育児がまともにできていない。
教員なのに大声で叱ってしまった。
教員なのに子どもときちんと向き合おうとしていない。
父親、できてないなぁ。
子どもと妻に申し訳ない。
こんな気持ちになることがよくありました。
教員として。
当時は4・5年生の複式学級担任で体育主任・情報教育主任・生徒指導担当…
小規模校だったため、仕事量がかなり多かったんです。
毎日2学年分の教材研究、授業準備。
準備の時間が足りず、授業の質も上がらない。もちろん自分のスキル不足もありました。
必然的にクラスの様子も落ち着きがないものになっていきました。
家庭での疲れもあり、児童への指導もぐちゃぐちゃ。
クラスの子どもたちや周りの先生方に迷惑をかけてしまっている感覚。
何だこれ。
何のために教員になったんだろう。
自分は教員に向いてないんだろうか。
そんな気持ちで毎日過ごしていました。
逃げ場がない。
父親と教員。
どちらも「きちんとできていない」という感覚。
家でも学校でも「もっとちゃんとしないと」という気持ちでいました。
当時の僕はどちらの役割も「休むことはできない」と思っていました。
休むことは「甘え」で、誰かに迷惑がかかってしまう。
今の日常が崩れてしまう。
この考えが自分の逃げ場をなくしていきました。
限界は来ていた。
当たり前ですが、日々は止まることなく過ぎていきます。
毎日の寝不足と、自己嫌悪で体力的にも精神的にも限界は来ていました。
今でも記憶に残っているエピソードがあります。
勤務を終えて車で帰宅している途中。妻から電話が来ました。
聞こえるのは家族全員の泣き声。
「もう無理!なんで私だけが我慢しないといけないの!?」
妻にも相当無理が来ていました。
実家を離れ、何も知らない地で二人の子育て。
頼れる人も友だちも近くにはいない。
僕が仕事で遅くなった日は、子どものことや家のことを任せてしまうこともありました。
何も言えませんでした。胸がざわざわしました。
自分の中で何かが崩れていく感覚。
力になりたい。今すぐ家族みんなを笑顔にさせてあげたい。
でも、どう頑張っても家までは1時間以上かかる。
自分にできることは何もないのか。
ただただ、無力。
俺も頑張ってるんだけどなぁ。
何にもうまくいかないなぁ。
自分には大事なものを守るだけの力がないのか。
当時はそう思っていました。
それからのこと。
読んでくれた方々に僕が伝えたいのは、「誰も悪くない」ということ。
教員は素晴らしい仕事だし、子どもも、家族も、そして自分も。
誰も悪くありません。今はそう思えます。
その時の自分が置かれていた環境、精神状態で思考がかなりネガティブに引っ張られていました。
この後のことは次の記事で書こうと思います。

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