今この記事を読んでいる、限界まで頑張りすぎているあなたへ。
「休むこと」は「逃げ」ではありません。
自分と家族を守るための「最善の選択」であり、むしろ「攻め」です。
「休む=無責任、逃げ」という考えが頭をよぎるかもしれません。
そんなことはありません。
自分を守れるのは自分しかいません。
今回は病気休暇を取得した経験のある僕が、
・病休を取得することが家族を守ることに繋がる理由。 ・診断を受けた時のリアルな話。 ・教員の多忙さに限界を感じている人に伝えたいこと。
を記事にしました。
「限界」は目に見えない。
「教員だから」「親だから」という強い責任感が、自分の心からのSOSをかき消してしまいます。

あの先生は子育てをしながら仕事もこなしている。
ベテランの先生はこの「大変な時期」も乗り越えてきたはず。
こんな考えが、自分のしんどさへの感度を鈍くするんです。
小規模校での複数主任、複式学級の担任、さらに2年半に及ぶ壮絶な夜泣き対応。
当時の具体的な仕事の状況については、こちらの記事で詳しく書いています。
これらが重なれば、個人の努力で耐えられる範囲を容易に超えてしまいます
自分に甘いだけだ。
自分がもっと頑張らないといけない。
そんな気持ちで頑張ることができるのは短い期間だけです。
いずれ絶対にガタが来ます。
・そもそもの環境、構造に限界がある。
・自分の能力とは関係のないところで制限がかかる。
・頑張ってもどうしようもない。
このパターンは世の中に確実に存在します。
そんな時に無理に頑張って「壊れる」必要は全くありません。
「壊れる」前に「休む」。
これが家族や大切な人、そして自分を守ることに繋がるのは当たり前の話です。

すべてを自分以外の責任にしろと言うわけではありません。
冷静に俯瞰して自分を見た時に、「あなたのせいじゃないことは絶対にある」ということです。
病院を受診すると決めた時の話。
教材研究もままならず、家庭では夜泣きで睡眠不足。
職場でも家庭でも「逃げ場がない」という感覚に常に追われていました。
「病院に行ってみたら?」
と、ある日妻が言ってくれました。

病院を受診するほどではないと思うけど。
でも、妻が言うなら、自分はもう普通の状態ではないのかな。
それから、明らかに自分が普通の状態ではないと自覚し始めました。
・学校に行くのが怖い。
・人と話したくない、関わりたくない。
・家でもイライラしてしまう。
・通勤中に動悸がして、引き返してしまう。
これも、「乗り越えなくてはいけないもの」「いつかは乗り越えられるもの」だと考えていました。
でもそうではなかった。
すでに限界は来ていました。
病院を受診することを決め、校長先生に泣きながら電話しました。

「自分に甘いだけだ」だと言われたらどうしよう。
休むことになったら、クラスの子たちはどうなるんだろう。
これは逃げではないのか。
でも、もしかしたら楽になれるかもしれない。
助けてもらえるかもしれない。
頭の中でいろんな考えがぐるぐる。
涙が止まりませんでした。
診断名は「適応障害」
「適応障害」と診断され、2か月間の病気休暇を取得することになりました。
診断名がついた時、ショックと共に

ああ、やっぱり自分は限界だったんだ。
という、妙に冷めた、そして少し救われたような気持ちになったのを覚えています。
「俺のことは誰が守ってくれるんだろう。」
診断が下りた日、妻とリビングで話したのを覚えています。
そのときにふと出た本音。
「俺のことは誰が守ってくれるんだろう。って思ってた。」
妻を、我が子を、教員という立場を、クラスの子たちを。
守らないといけない。
でも自分が壊れそうで、崩れそうな今。
自分を守ってくれるのは誰なんだろう。
いつの間にか、「自分」を守ることができなくなっていたんです。
壊れてからでは遅いんです。
僕は、壊れる手前で受診できたことが救いでした。
限界を感じているあなたへ。
あなたは十分頑張りました。
自分を守るために立ち止まっていい時です。
「休むこと」は「逃げ」ではありません。
次のステップへ進むために必要な「休息」です。
伝えたいこと。
まずは自分を責めずに、ここまで頑張った自分を褒めましょう。
誰も悪くないんです。
あなたが倒れてしまったら、取り返しのつかないことになります。
今守ろうとしている大切なものを、守れなくなってしまいます。

一度立ち止まりましょう。
毎日楽しく過ごせるに越したことはありません。
・回復の過程
・休暇中の気づき
については、別の記事で詳しくお伝えします。

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